火. 7月 7th, 2026

1998年撮影、高2の時の通学・教室・部室 。

※撮影機材:SONY CCD-V5000(1990年発売)

千種区内の自宅から自転車で地下鉄本山駅へ。
地下鉄乗車 → (今池で乗り換え・御器所で乗り換え) → 地下鉄赤池駅下車 → 自転車で高校へ。
高校に到着 → 教室 → 部室。

当時の定期券。

1998年に8ミリシネカメラ(サイレントフィルム)で撮った、体育大会準備中の様子。顔出ししている人物は高2の私です。

※撮影機材:FUJICA Single-8 P100(1967年発売)

翌年1999年の高3、最後の体育大会を昨年とは異なる機材で撮影。応援合戦が伝統的な目玉行事でした。

※撮影機材:FUJICA Single-8 Z450(1970年発売)

当時なぜ8ミリの「フィルム」で撮影したかといえば、この頃のテレビ放送で昔のテレビコマーシャル特集があり、1965年のフジカシングルエイト発売時コマーシャル(下記動画・当時のビデオ録画より)が強烈に脳裏に焼き付いたからです。自分自身で実際に8ミリで撮りたくなりました。シングルエイト規格が詳しく解説されていた月刊写真工業の昭和40年代バックナンバーを古本店にてたまたま見つけて入手したりしていました。この時代は8ミリフィルムもまだ新品で供給されており、フジのラボにて8ミリの現像サービスも安価に利用できました。私は長く通っていた地元商店街の希望ヶ丘センターにあるフジ系カメラ店にフィルムを持ち込み現像を依頼しましたが、一週間程度で仕上がりました。ちゃんと写っているか、露出は合っているのかは実際に映写機に掛けるまでわかりません。このワクワク感は現代にはない特質です。シングルエイトは1巻あたり3分弱という短い記録時間であることから、いかにフィルムを無駄にせず効率的に撮るかが肝であり、現代に於けるショート動画をぶっつけ本番でやり直しできなくしたイメージです。

地下鉄名城線が環状線になる前の時代で、千種区の自宅から片道1時間20分程度でした。郊外にある公立高校へ進学したため、隣町の地下鉄最寄り駅から高校まで自転車で片道約20分かかりました。当時は田園地帯が広がっており田舎の高校に来たという印象が強かったのです。このエリア(愛知郡)は近年人口が増加傾向にあり地価は持続的に上昇、宅地開発や分譲マンションが増え新たな道路ができ商業テナントの進出もめざましく勢いがあります。

※撮影機材:MINOLTA X-700 前期型(1981年発売)+COSINA 24mm F2.8(1993年頃発売)

高校最寄りのバス停留所の今昔。

※1998年撮影機材:USSR(旧ソ連) Kiev-4a 後期型 Jupiter-8M 50mm F2.0(1981年頃供給開始)

※2020年撮影機材:Samsung Galaxy Note7(2016年発売)

当時の生徒手帳。

※以下2025年10月31日追記

2000年、自分で撮ったカラーネガフィルムを大学キャンパス内の現像室にてモノクロでベタ焼きしたもの。当時は写真部とオーディオ部に出入りしていました。

2004年当時の自室。今でも夢の中でこの部屋が登場することがあります。RC造・4階建て4階部分・エレベーターなしの1DKに住んでいましたが、この後、地元名古屋へ戻る際の引っ越しが大変でした。

※撮影機材:SONY CCD-VX1(1992年発売)

By 野澤高士

1981年、名古屋市生まれ。

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